今月のコラム 2011



♪クリスマス キャロル♪  12月 (MT)


 14世紀頃にイギリスで、新しい音楽が起こりました。これまでの教会のラテン聖歌に土着の民謡が加わり、リズムに乗った明るく楽しいキャロルが生まれたのです。

「まきびと羊を(新聖歌82番)」はイギリスのキャロル、「荒野の果てに(同78番)」はフランスのキャロルとして、代表的なものでしょう。
「きよしこの夜(同77番)」はドイツのある小さな村の教会で生まれました。 教会のオルガンが故障したので、ヨゼフ・モール司祭が書いた詩に、オルガニストのフランツ・グルーバーがギターで作曲しました。
静かにふけゆく村のクリスマスイブの夜、グルーバーのつまびくギターに合わせて、子供の聖歌隊が初めての「きよしこの夜」を演奏しました。

 「まぶねのかたえに(同83番)」の詩を書いたパウル・ゲルハルトはドイツのある教会の牧師で、飼葉桶に眠っているイエス様を訪ねた羊飼いの視線でこの詩ができたと言われています。 作曲はヨハン・セバスチャン・バッハです。
今年は王子台チャペルの聖歌隊で、この賛美を捧げることができて、感謝しています。

“すべての国々よ、主をほめたたえよ。すべての民よ、主をほめたたえ。”  詩篇 117:1

(参考)  「クリスマスをあなたに」日本教会新報社


恵みノート 11月  (A)

  最近読んだ一冊の本*に触発されて、「恵みノート」というのを書き始めました。 日々の生活の中での恵みと感謝、神様の賜物を書き留めておくノート。 小さなことでも、忘れないように、気づいたときに書いています。ランダムなリストですが、例えばこんな風に―

#11 オレンジ色のきれいな夕日
#12 19回目の結婚記念日!
#13 家族の健康
#14 「ママ、おいしいよ。」と手作りギョウザを喜んでくれる子どもたち
#15 「ごめんね。」と、あやまれる心。
#16 祈りの後に私の手をぎゅっと力強く握ってくれた父
#17 クリスマスソング

短い言葉で書くだけですが、#1,000になるまで、続けてみようと思っています。 日記を書くのは苦手なので、これならできるかなと思い書き始めましたが、恵みを数えるのはいいなあと思います。 当たり前のように過ぎていく日々の事柄に目をとめることができるようになってきました。神様の恵みは私たちのまわりにあふれています。

「ことばに表せないほどの賜物のゆえに、神に感謝します。」(IIコリント9:15)

イエス様は喜びも、苦しみも、十字架の死でさえも、すべてのことを神の恵みとして感謝された、と聖書は語ります。 たとえ感謝するのが難しい時でさえも、神様の恵みに目をとめて、感謝できる者となれるように、「恵みノート」を書き続けていこうと思います。

*One Thousand Gifts (Ann Voskamp著、Zondervan出版、2011年)



『流浪の教会』 読後感    10月  (N)

 福島第1原発のすぐ近くに福島第1バプテスト教会がある。
 震災の翌日、政府の避難指示で、バスやトラックで避難所に運ばれた住民の中に教会員たちは着の身着のままで混ざっていた。
すぐに帰れると思って何も持たないで出て、各地の避難所にバラバラになっていた彼らはやがて県内、 会津の教会からの援助申し出で受け入れられていった。

 千葉のTCUの卒業式に出席していて地震にあった佐藤彰牧師夫妻は信者たちと連絡を取ろうと通じにくい中、 公衆電話にしがみつく。やっと6日後に会津の教会でそこにいた60人の教会員と再会。 神様の不思議な導きと助けで、彼らはそこから雪山を越えて山形県の米沢、春の東京の奥多摩へと移ってゆく。いつ帰れるかは全くわからない。

ゆっくり休むこともままならない避難の共同生活の中に、洪水の中に箱舟に入っていたノアの家族や、 荒野を放浪したイスラエル民族の旅、迫害によって散らされ放浪した初代教会の経験をたどり、神の民の旅路が語られる。

涙もろくなり、疲労や虚脱感にも襲われるが、お互いにやさしくなり、湧き上がるのは不平不満よりも 、神様の恵みの豊かさ、人々への感謝。
そして避難生活の苦悩の中で、阪神淡路大震災の時に自分たちは彼らの心境をどれだけ思っただろうか、との反省も伸べられる。
これはまさに今の我々に言われていることである。
教会とは、本当に必要な物とは、人生とは、み言葉の力、そして牧師の仕事とは、といろいろなことを 考えさせられた。あの佐藤先生だからなしえたと思うのは不信仰だろうか。

いのちのことば社 (858円+税)



「それでも生きていく」   9月    (U)

希望はあるのだろうか。 僕に、僕の家族に…
明日はあるのだろうか。 私に、私の家族に…
この深いつぶやきが貫くドラマ「それでも生きていく」を見た。

中学の時、同級生に妹を殺された青年と、その加害者の妹が出会い、
< 絶望の日々を歩んでいた2人と両家族が、苦しみもがきながらも対話を重ね、
それぞれの心の中の深い気持ちに気づき、新しい光を受けて生きなおしていく。

魂のぶつかる音が聞こえそうな葛藤や、涙や対話の末に、奇跡のように生まれ出た数々の言葉に胸打たれた。

被害者の母が、加害者の母に語りかけた言葉。
「私たちは被害者家族と加害者家族だけど、同じ乗り物に乗っていて、
一生降りることは出来ない。じゃあ・・・行き先は・・・一緒に考えないと・・・。」

被害者の青年が、友人である加害者に語りかけた言葉。
「逃げたら悲しみは残る。死んだら、殺したら(復讐したら)悲しみが増える。
増やしたくなかったら、悲しい話の続きを書き足すしかない。」

前にも後にも進めない。右にも左にも道が見えない
頭を垂れて生きてきた青年が、ある日 ふいに気づいたまぶしい朝日。
見上げた光のやさしさ。

「楽しくてもつらくても、幸せでもむなしくても、
生きることに価値があっても なくても、それでも、今日が始まるんだなぁ・・・。」

希望は失望に終わることがありません。
なぜなら、・・・・神の愛が私たちの心に 注がれているからです。 ローマ5:5


私は、どんなときにも『希望』はあると信じる。
たとえ私の中にそれが見いだせなくなったとしても、
それでも『希望』は、上から届くと。



 小さいことに忠実な人は・・・ 8月 (K)

イギリスはロンドンの故事である。
ある時、一人の牧師が街中を歩いていると、大きな 建築現場で大勢の労働者たちが一生懸命レンガを積んで いた。牧師は、その内の一人に尋ねた。
「あなたはここで何をしているのですか?」
 するとその男は、不機嫌そうに答えた。
「見りゃ分かるだろう。 俺は今、レンガを積んでいるんだよ。」
 牧師は、次の人にも同じ質問をした。すると次の男は、
「時給5ポンド、1日40ポンド。俺は今、時給5ポンドの仕事を しているんだよ。」
 牧師は最後の人に尋ねた。するとその男は、目を輝かせてこう 答えた。
「実は、ここに一度に3000人も収容することができる大聖堂が 出来るんですよ。私は今その基礎作りのレンガを積んでいるのです。」

   同じ仕事をしていても、私たちが何を見ているかによって、 そこには大きな違いがある。
私たちは、日常のどんなに小さく 見えることにおいても、神様の御国建設のための大切な働きとして 忠実に仕えていきたいものである。




テノールと聖徒   7月   (T)

 定年後の余暇を活かそうと思って、いくつかの習いごとを始めた。10年以上も前の話である。 そのほとんどは挫折に終わってしまったが、その一つに声楽がある。若い頃から声だけは大きく、 「鋼鉄の声帯」と言われて、「いい声の持ち主だ」と言われていると思っていた。 せっかくいい楽器を持っているのだから、本格的なレッスンを受けて手入れさえすれば、 もっといい音が出るに違いないと考え、近くのK文化学園の門を叩いた。
 声楽科出身の若い女の先生が、何回目かのレッスンの後にこう言った。 「あなたの声はテノールに向いている」。それは、オーバーに言えば、人生観がひっくり返るような言葉だった。 それまで聖歌隊や合唱団では、自他共に私はバスだとみなされていたのに、まさかテノールとは! この指摘はまことに意外ではあったが決して嫌なことではなかった。思ってもいない自分が現れ、新しい世界が広がったと感じた。
 それからのレッスンは、自分の可能性への挑戦ともなり、ハードなものとなった。 しかしそれは六十の手習いにはかなり厳しく、ついに声帯を傷め、手術を余儀なくされた。 しかし私は、無理なレッスンを続けた先生を恨んだり非難するつもりは全く無い。 むしろ違う自分に目を開かせて下さった先生にどんなに感謝しているだろう。
 コロサイ人への手紙3章12節にこうある。「それゆえ、神に選ばれた者、聖なる、愛されている者として、 あなたがたは深い同情心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。」
 私の特愛の聖句である。私が自分の弱さ醜さ罪に悩み続けていたとき、この御言葉が啓示され、 私は自分がそうだと思っている自分とは違う者なのだということを知った。私は神さまに選ばれた者、聖なる、愛されている者なのだ。何と嬉しいことだろう。私はこの御言葉によって、自分の罪意識の縛りから自由になったのである。



産みの苦しみ     6月   (OM)

 母が子を産むときに感じる苦痛を「産みの苦しみ」と言います。私たちにとって「産みの苦しみ」は、出産の3か月前に突然やってきました。 妻が妊婦の定期検診を受けた際に、医師から緊急入院を告げられたのです。 妻の緊急入院の知らせは、赤ちゃんが生まれるまでの数か月ものあいだ、妻、長男、 そして私がそれぞれ別々のところで生活することを意味しました。家族3人の別居生活が始まったのです。

   病院では、妻が自分の置かれた新しい環境を懸命に受け入れようとしていました。 ひとり祖父母に預けられた長男も、少なからず妻と同じような経験をしたに違いありません。 しかし、こうした経験の一方で、私たちは今回のことを通して大切な事実に気付きました。

 それは第一に、私たちは神様の恵みを日々たくさん受けているということです。 普段は私たちの日常生活に溶け込んでいるため、あまり意識することのなかった日々の恵みがどれほど尊いものかを知る契機を得たのです。

 第二に、私たちは多くの人に支えられて生きているということです。 多くの人の温かな言葉や励ましは、環境の変化のみならず自身の身体の変化を前に不安や戸惑いを覚える妻をはじめ、 家族3人にとってどれほど大きな励みになったことでしょうか。

 第三は、人は大きな変化と向き合い、それを糧に成長できる可能性を秘めているということです。 ひとりで祖父母と過ごすことになった長男への心配はものの見事に杞憂に終わりました。

   最後の産みの苦しみは、新しい命の誕生のときにやってきました。その痛みは大変なものでしたが、痛みの後には大きな喜びがありました。 産みの苦しみは、大きな喜びとともに神の創造を見るための通過地点だったのです。



行ってきましたヘルプ東北  5月  (N)

  ポリタンクを提供してくださった方々、ありがとうございました。
 特別に寒かった今年の春、被災地に大変役立って喜ばれたことを聞きました。
久しぶりに、2か月目の被災地に行ってきました。暖かくなったことと、物流が回復しつつあり、 前回少なかった、ガソリンスタンドやコンビニが開いているところも増えつつあり、これからの援助は緊急物資より人手や資金に重点が移るかと思います。
そして勿論祈りの応援はいつでも。
 立ち寄った町の自治体のボランティアセンターにも多くのボランティアが集まり、そこでの需要と供給のバランスは、医療や介護その他の専門分野はわかりませんが大体取れているようでした。
しかしこれから被災者の生活の立て直しを考えると、政治が負わなければならない大規模な仕事から、一人一人に寄り添って支える奉仕まで、多くの働きが必要です。
個人として、教会として何ができるか、祈り、導きを求めていきたいと思います。
 1階が津波で使えなくなり2階で暮らしているお宅に、要望により洗濯器を運び、家具の廃棄と30メートル先の表通りまで詰まった側溝の砂とヘドロの処理を手伝いました。
終わって、「2か月ぶりに洗濯できる」という奥さんの笑顔にボランティアたちの疲れも癒されました。
石巻の交通渋滞の中で車のフロントガラスにハエが群がってきたところがありました。
 これからの暑い季節に衛生状態が心配です。続けて祈りましょう。

 ヘルプ東北のホームページは  http://helptohoku.org/ 


足を洗って下さったイエス様  4月  (A)

 「足湯ボランティア」という話を聞いた。被災地でたいへんな避難生活を強いられている人々のために「足湯」を提供するボランティア。 私も温泉場で足湯につかったことがあるが、お湯に足を入れると、体も心も「ほっ」とする。 被災地での足湯は、お湯に足をつけながら、手のマッサージもするそうだ。 マッサージをしながら「今の生活はどんな具合ですか。」と会話が始まる。お湯で体と心をほっとさせ、手と手のふれあいや言葉の交わしあいを通し、 一人一人と向き合い、支援するボランティア、すばらしいなあと思った。
 この話を耳にした時、聖書の中のある場面が思い浮かんだ。 イエス・キリストが十字架につけられる前、弟子たちと夕食をともにした「最後の晩餐」はとても有名であるが、その食事の場で、 12人の弟子たちの「足を洗って下さった」という記事が新約聖書ヨハネの福音書13章に書かれている。 当時、一日の仕事や旅の後で、汚れて疲れた足を洗うのは奴隷のする仕事であった。弟子たちからは「主」とよばれていたイエス様であったが、 主人自らが、弟子たち一人一人の足をたらいに入れた水で洗い、手ぬぐいで拭いて下さった。静かで優しく、愛に満ちた情景が思い浮かぶ。

 「わたしがあなたがたを愛したように、そのように、あなた方も互いに愛し合いなさい。」(ヨハネ13章34節)
 イエス様が私たちを愛して下さったように、私たちも互いに愛し合うことができますように。 イエス様の復活を記念するこの日に、心の中でそんな祈りを捧げている。


決して離れない神の愛 3月 (CHA)

 先月、友人から一通のメールが届きました。 「NHKスペシャルで、私たちの活動が取り上げられます。見てください。」とのこと。 我が家にはTVがないので残念ながら見ることができなかったのですが、ご覧になった方もおられるのではないでしょうか?
 彼は和歌山県の白浜にある教会で牧師をしてます。白浜といえば名勝「三段壁」。 ここはその眺望の美しさを求めて全国から観光客が訪れる名所であると同時に、自殺志願者が訪れる場所としても知られています。
 彼はその白浜で、24時間体制で自殺志願者を保護し、教会で共同生活をすることを通して自立を目指す支援活動を行う「NPO白浜レスキューネットワーク」の代表をしています。
 昨年末に出版された彼(藤藪庸一牧師)の著書『「自殺志願者でも」立ち直れる』(講談社)の中で印象に残った言葉を紹介します。
 「何もすることがない。必要とされていないのではないか。こんな私が生きている必要があるのか」 こんな問いを私に投げかける人には、次のような内容の聖書の言葉を伝えます。 「私の目にはあなたは高価で尊い。私はおまえを愛している」私というのは神様です。
 キリスト教では、たとえ、すべての人があなたをいらないと捨てたとしても、あなたは尊い存在なのだと教えています。
 エペソ人への手紙の中でパウロは「私達(人間)は神の作品であ」る(2:10)と言っています。 神様は、私たちひとりひとりをかけがえのない作品として愛してくださっています。 たとえどんなに大きな失敗をしたとしても、そしてもし、私たちの方から神様に背を向けたとしても、神様の愛は決して私たちを離れることはありません(ローマ8:38,39)。
 すべての人、とりわけ孤立し、生きる目的や希望を失いかけ、絶望に押しつぶされそうになっている人たちが、神様の愛を知ることができますように



あなたは兄タイプ?それとも弟タイプ?  2月  (H)

 ルカの福音書にある「放蕩息子」のたとえ話。親から財産を要求して家を出、それを 使い尽くした末に帰って来た弟息子を、何と父親は喜んで迎え入れるが、親元で 真面目に働いてきた兄はそれに腹を立て、父親は何とか彼をなだめ、弟のために開いた宴会に誘おうとする、というストーリーです。
 どうしても、よりドラマチックな、放蕩して帰還した弟の方に焦点が当たることが多いのですが、イエスが本当に 伝えたかったのは、一体どういうメッセージだったのでしょうか?

 長老教会の廣橋麻子さんの素晴らしい翻訳による「『放蕩』する神」(ティモシー・ ケラー著)が先月出版されましたが、これはこのたとえ話を取り扱ったものです。
 本書では、大ざっぱに人を二つのタイプ(兄:親を喜ばせるために、その基準に従い、 まっとうな仕事に就く優等生タイプ/弟:親に反抗し、自由を求め、仲間とつるんだり、 流行を追って都会に出て行くタイプ)に分けていますが、イエスがこのたとえ話を 語って聞かせた相手は「パリサイ人、律法学者たち」、つまり兄タイプの人たちでした。
 しかし、多くの場合、彼らはイエスの言葉を拒み、逆に、遊女・取税人・罪人と 呼ばれる、いわゆる弟タイプの人たちの方がイエスに親近感を覚え、惹かれて いきました。聖書を信じる宗教者たちは彼を受け入れず、宗教とは無縁の者たちが彼を歓迎したのです。
 では、そのイエスを伝えるべく立たされている現代の教会は どうでしょうか。「もし、より多くの弟タイプを惹きつけていないとしたら、 そこには予想以上に兄タイプが溢れていることを意味しているのでは?」という問いかけから本題に入っていきます。

   著者は断言します。兄タイプであれ弟タイプであれ、私たちがその「失われた状態」から抜け出すためには、 自分の本当の必要に気づくことと、私たちの本当の兄の驚くべき行為に目を向けることが必須であると。
 自分の必要とは?私たちにとっての本当の兄とは?またその驚くべき行為とは?・・・是非ご一読を。
 「わかっている!」と思っていても、無意識の奥に潜む問題がきっと示され、また神がどのようなお方かをより深く教えられることでしょう。




神との対話  1月  (U)



「私の人生には、矛盾があります。私は神を愛したい、 その愛だけに生きたいのにあるのは、痛みと希望だけです。愛を感じません。」

「愛するのに愛されない。神を愛したいのに、神は望まれない。 時折、苦しみが大きすぎて、自分の叫び声が聞こえる。神よ、お助け下さい・・・」

「私は、神への愛を口にしながら、それを信じられない時もあります。 喜んでいるふりを しなくてはなりません。シスターたちに、気づかれないように。」

「神父さま、私のために お祈り下さい。生きるのが、よりむつかしくなっています。」

この苦悩に満ちた祈り。 神父に助けを求める手紙。これは、精力的に愛の奉仕をし、 多くの人びとに寄り添い、愛と献身に生きたあのマザーテレサのことばである。

神父はマザーに返信した。

「心配はいりません。神の力が強く働いているのです。その過程はつらいでしょうが、 神がともにおられることは、確かです。あなたは不幸ではなく、幸せです。 何が人を自己犠牲的で、喜びに満ちた者にするのか。 それは神との対話です。対話が、光の中か、闇の中かは問題ではありません。」

なんという希望。私の絶望の果てにも、神さまはおられ、暗闇に光は差し込む。 人との対話、神との対話、自分自身との対話を 大切にしていきたい。

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