先日、友人宅にお邪魔したときのことである。5才と3才のお嬢ちゃんが私の顔を見るや否や、「ねえ、これ読んで!」と、テーブルの上に置いてあった「ジーザスバイブルストーリー」(いのちのことば社)を持ってきて、膝の上に二人してちょこんと座った。
数年前、ずいぶんたくさんの雪が降り、この辺りでも雪かきが必要に
なるほど積もりました。「面倒だ」と感じる大人の自分と、ワクワクを
押さえられない 子供の自分が同居した状態で、長靴をはいて愛犬の
散歩に出かけました。
西船橋教会の「プロイオン」8月号に、「西村徳次郎の『昭和キリスト教受難回想記』の刊行について」という吉岡有一長老の文章が載った。私はこれを読んですぐこの『回想記』を読みたいと思った。この西村徳次郎という名は、もちろん私には初めて聞く名前であったが、吉岡長老によると、「昭和十四年(1939年)に成立した宗教団体法のために、同年から五年間、文部省宗教局キリスト教担任官(カトリック担当)の職にあった方です。…彼は、キリスト教会を取り締まる側の人でした。」と紹介されている。
昭和十四年(1939年)といえば、私が生まれた年でもある。この年は、ナチスドイツがポーランドに侵入して第二次世界大戦が始まり、二年後には、日本も太平洋戦争に突入していった。こうした時代に私はこの世に生を受けたのである。私を産んだ若い親は、戦争突入前夜の不穏な時代をどう生きたのだろうかと考えると同時に、自分と同年齢のクリスチャンがその時代をどのような信仰を持って生きたのだろうかと思い及ぶのだった。70歳になった今、私は、その時代に生きた同い年の一人の平凡なキリスト者の日々の歩みを深く知りたいと思う。彼がその時代をどう考え、どう生きていたか、どういう信仰であったのかを。
北海道日高の浦河という貧しい過疎地に、ベテルの家という精神障害者たちが生活する施設がある。統合失調症、幻覚や幻聴、強迫的な確認行動の止まらない人など、かつては鍵のかかる病院に閉じ込められたような人々が、仲間と生活し、爆発救援隊や、幻聴さんレスキュー隊を組んで助け合ったり、爆発や幻聴の研究会を開いて対応の仕方を編み出したりして成果を上げている。
先日、あるコンビニエンスストアーの入り口に、「トイレのみのご利用 歓迎します。」の張り紙をみつけた。読んだだけで、あたたかい気持ちになった。利用された方々の中には、何か買って、お礼の気持ちを表したくなる人もいるのでは・・・と思った。
私の父が作家開高健氏と出会ったのは、かれこれ40年以上前のことだったという。当時はまだ珍しかった「スプーンルアー」を使って、父が銀山湖で60センチ近い岩魚を釣り上げ、釣り師の間で話題になった。そのことを書いた釣り雑誌の記事を読んだ開高氏から、ある日父の元に速達が届いたのだという。開高氏が偉大な釣り師であったことは有名な話であるが、それ以来、釣りを介して二人の交友関係が始まった。
6月14日夜、王子台チャペルのメンバーが中心となって実行委員会を作り、企画・準備をした「バーミングハム少年合唱団チャリティーコンサート」が佐倉市民音楽ホールで無事行われ、素晴らしい演奏を多くの方々に楽しんいただくことができました。 私は、王子台チャペルのトム&テレサさんのゴスペル教室に参加させていただいています。指導を受けてゴスペルを歌うというのは、これで2度目です。 東京基督教学園に春が来て、卒業式が行われた。 TVのニュースで、食物アレルギー対応のケーキを作るこだわりケーキ職人が出ていた。
私がPTAママさんバレーに参加するようになりこの春で一年になる。
運動不足解消と近所のお母さんたちと知り会える良い機会かなと思い参加し始めたのだが、
今では毎週土曜日の練習が楽しくて仕方がない。
先日,植物の生命力に関する話を聞いた。
「さいしょは、何もなかった。・・・でも、神さまはいらっしゃった。そして、すばらしいことを計画しておられた。」
お話を読み始めること5分、もうこの辺で、と思い本を閉じようとしたら、「もっと読んで!」とせがまれてしまった。それから10分、とうとうアダムとエバが禁じられていた木の実を食べるところまで読みすすめていた。
「エバはその実を一つもいでみた。そして思いきって一口、それからもう一口食べてみた。アダムも同じようにした。そのしゅん間、真っ赤なうそがこの世界に入りこんだ。美しかった世界にしみついたうそは、あらってももう落ちない。神さまの子どもたちの心の中に入りこんでしまったこのうそは、今でもわたしたちにひそひそ声でささやきつづけているんだ。『神さまはわたしのことなんか愛しておられない』って。」
そのとたん、二人の顔が急に悲しそうになって、私のことをじっとみつめたので、とっさにこう話した。「人間には『真っ赤なうそ』っていう罪が心の中に入っちゃったけど、でもね、だいじょうぶ。罪のない一人の人がきてくれて、私たちの罪をゆるすよって、約束してくれたんだ。その人、だれだか知ってる?」5才の女の子が手をあげた。「あたし?」
私たちを愛してやまない神さまは、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられた、と聖書は語る。罪のないお方が、私たちの罪の罰を人として負ってくださるために、二千年前、馬小屋の片隅でお生まれになった。この方こそイエス・キリストである。キリストの誕生を祝うクリスマス、この素晴らしいメッセージをいただいて、一人でも多くの人たちとクリスマスの驚くべき「愛」を分ち合いたいと心から願うものである。
雪より白く (H) 11月
我が家の犬リリーは、白地に明るい茶色の模様のある中型犬です。
雑種ではありますが、長くて白い毛がふさふさと美しく、いつもその姿を
見て癒されています。ところが、その日は、リリーがいつもとは全く
違って見えました。散歩コースの谷津田は一面まぶしいほどの雪原と
化していましたが、そこを 歩いたとき、リリーはどう見ても「白い」と
形容することはできませんでした。それは、新雪の輝く白さ、陰の
部分が、ほの青くさえ見えるほどの純白との比較にあっては、日ごろ
白く美しいと思っていたリリーも、薄汚れた、何とも見苦しく惨めな生き物として目に映ってしまったのです。
少しショックを受け、静寂の中を歩いていくうちに、「義人は いない。
一人もいない。」 という聖書のみ言葉が思い浮かびました。 そして、
どんなに善人と言われる人であっても、またどんなに修行を積んだと
しても、到底到達することのできない、超越した神の聖さというものを
覚えさせられました。
しかし同時に、もう一つの大切なことも思い出すことができました。
それは、罪人(つみびと)である私たちも、神の御子キリストが身代わりと
なって、十字架で血を流して下さることにより、罪赦され、完全に
聖い者とされるという神様の約束です。かのダビデ王は、大きな罪を
犯した後で、信仰により、大胆にも、「私の罪を除いてきよめてください。
・・・そうすれば、 私は雪よりも白くなりましょう。」(詩編51篇)と
主に願いました。ダビデに倣い、私たちも臆することなく、この驚くべき
恵みに与り続ける者でありたいと思います。
信仰の質 (T) 10月
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ベテルの家は今日も明日も順調に問題だらけ (S) 9月
札幌で開かれた日本伝道会議に3人のメンバーと向谷地さんが来られ、講演と、幻聴への対応を寸劇で見せてくれた。問題だらけで障害を持ちながら明るく前向きに生きる姿は我々にも何か大事なことを教えてくれている。
開かれたとびら (U) 2009年 8月
同じようなあたたかな気持ちをいただくお店がある。
ある雑貨屋さんには、中味を見てみたい品物には、全て、手にとって見られるようにサンプルの準備と、ひと休みの小さな休憩のいす。
あるクッキー屋さんには、割れていない、きれいな試食用のクッキーが、山盛り。
ある美容院は、季節の花と、アロマの香りと、独創的なお客様への感謝企画。
共通するのは、開かれた扉。多くの方々をお迎えしたいと願うゆえの細やかなサービスとアイデア。そして、お店のスタッフの感じのよい対応。もう一度行きたい、そう思って再び足を運ぶ。
教会のとびらも、全ての人に開かれている。
ひとあし早く、神さまに両手を広げて迎え入れて頂いた私は
歓迎する者として、何ができるだろうか。
他のお店にはなくて、教会にあるもの『神さまの愛』を伝えるために。
心動かされた「言葉」を伝える (A) 2009年7月
開高文学のファンであれ、釣り師であれ、氏が亡くなられて20年経つ今でも、その人気は衰えることが無いのだという。開高氏の残された言葉は読む人の心を動かす力があると思う。「悠々として急げ」や「明日世界が滅びるとしても今日あなたはリンゴの木を植える」という言葉、私も小さな頃、色紙に書かれた開高氏の言葉を目で追いながら、その意味について考えたりしたものだった。
最近私の父は「開高ファンの義務だと思うよ。」と言って、自作のスプーンルアーに開高氏の名言を焼き付けて欲しい方々にお分けする仕事を始めた。自分が感銘を受け、動かされた言葉を周りの人々に伝えていくことを「我々の義務」として成し遂げていく。その「義務」は伝えたい情熱、喜びをともなった積極的な行為なのである。
「見たこと、聞いたこと、受けたこと」を伝えないではいられない、分かち合わないではいられない人たちの話が聖書の中にたくさん出てくる。心動かされた「ことば」を、私はどれだけ周りの人たちに伝えられているだろうか。
「神とともに働く」 ということ (H) 2009年6月
このイベントのために、様々な打合せ、連絡、チラシの作成と配布、宣伝、買い物、プログラム作成等々、様々な準備が必要でした。また、コンサート当日も、会場準備に受付、リハーサル、司会、通訳、ビデオ撮影、後片付けなど、数え切れない奉仕を、教会メンバーはもちろん、教会外の方や子どもたちに至るまで、多くの方々が担って下さいました。 コンサートが終わり、後片付けをしている皆の表情からは、「私たちは力を出し合い、素晴らしい神様の御業を見ることができた!」という充実感と一体感と感謝とを感じ取る事ができました。まさに、「主にある兄弟姉妹が一つになって神とともに働く」という喜びを実感し、分かち合った瞬間だったのではないでしょうか。
しかし、よく考えてみると、この場合の主語は「私は」や「私たちは」ではなく、やはり「神は」であるべきだと思うし、実際そうなのだと思います。
私は、何かに必死になっている時、「私がやらなければ・・・」「私はこんなに頑張っているのに・・・」と、自分こそが事を進めているように錯覚してしまいがちです。そして、何か障害が立ちふさがったり、不安材料が出てきたりすると、「どうして?!」とつぶやいたり、すっかり自信を失ったりしてしまいます。このコンサートの準備においても、そのような気持ちに襲われることが度々ありましたが、そこに神様の御手を認め、信頼すると決めたとき、いつも必要な助けが与えられ、道が開かれました。
聖書には、「キリストによって、からだ全体は、一つ一つの部分がその力量にふさわしく働く力により、また、備えられたあらゆる結び目によって、しっかりと組み合わされ、結び合わされ、成長して、愛のうちに建てられるのです。」 とありますが、まさに、「キリストによって」 なのです。
今回も、主によって多くの素晴らしい「結び目」が備えられていたことを実感しました。BBCとの関係を始めとして、多くの協力者との出会い、そして、かの偉大なる作曲者ハイドンとも、私たちは主によって結びつけられ、ともに働くものとされたことに気づかされ、大きな大きな神様の御業にあらためてひれ伏す思いです。
ゴスペル 2009年 5月 (M)
個性よりも協調性を重要視する日本で生まれた、普通の日本人である私は(自分でそう思っているだけかもしれませんが)やはり最初は“音程をはずしてしまう”責任感を感じ“ゴスペル風にリズムに乗れない”もどかしさがありました。
それでも、また参加したい!!という思いにさせられたのは、やはり普通のコーラスに無い魅力があったからでしょう。
紹介されたプロモーションビデオをみても、年齢、人種、そして障害のあるなしの壁が全く感じられない、とにかく一人ひとりが(観客も含めて)最高に楽しんで歌っている様子に、自然と心が熱くなり幸せな気持ちにさせられます。
ゴスペルのルーツはアフリカから奴隷船でアメリカに連れてこられた人たちから生まれたものだといいます。決して身近に感じられるものではないはずなのに、今日本でもゴスペルはひそかなブームともいえますし、王子台チャペルに来ていただいたゴスペルチームの公演にも、本当にたくさんの方が来られました。歌詞の意味が正確にわからなくても何故か惹かれてしまう音楽! 神様が中心にいらっしゃるからですね。
私も、今回のゴスペル教室は心から楽しんでいます。そして、自分なりの表現で神様を賛美することが、人の目を気にしてばかりいないで、神様を見上げて歩いていけるようになるための、ちょっとした訓練だとも思っています。
この教室も残りわずかとなりました。この、すばらしい時間をくださったトム&テレサさんに感謝し、大切に過ごしたいです。
卒業式 (S) 2009年 4月
大学を出て会社に就職するもの、教会奉仕に就くもの、神学校を出て牧師になる道を進むもの、更に次の学びに進むもの、様々である。
その中に仕事を定年退職し、または定年を前に早期退職して学んで来た者たちがいる。
企業の中で鍛えられてきたがんばりで若者に負けまいとやってきた。
彼らの、生活者として長い社会経験から、将来牧師になったときに、その経験を生かせるのではないかと期待する声もある。
私も実はその道をめざす一人であるが、硬くなった頭で語学や神学は楽ではない。しかし、自分が信じてきた聖書やキリスト教を学問的に深めるという楽しみは大きい。
定年後の人生が長くなった今、75歳で故郷を後にしたアブラム(アブラハム)や、80歳で出エジプトに用いられたモーセも、健康で神さまの導きさえあれば夢物語ではない。
今年も神様の呼びかけにこたえて50代、60代の方が入学してこられた。2人とも学生寮に住んで若者と一緒に勉強や奉仕に取り組んでいる。エールを送りたい。
はっと気づくことから始まる (U) 2009年3月
見た目は、一般のケーキと全く変わらないが、スポンジ生地を米粉で、生クリームの替わりに豆乳を使用。
一般のケーキ作りとは、場所、器具はもちろん、冷蔵庫も分ける徹底した管理体制。
この職人さんは、ある時、卵アレルギーの子どもを持つお母さんから、本人が食べられないだけではなく、兄弟や家族もケーキを囲んで楽しく食べることが出来ないことを聞き、ショックを受けたとのこと。
この職人さんが目指してきたケーキ作りの目標は、おいしいケーキを家族で囲んで食べ、笑顔で、楽しい時間を過してもらうこと。
今まで気づかなかった事実を知り、はっとし、そしてすぐに、笑顔をまたひとつ産み出すために、新しいケーキ作りを始めたのだ。
新しいことに気づくためには、いつも、心を開いて、まわりを注意深く見つめ、耳を傾け、感じる心が必要だ。
聖書には、人々に気づかれなかったり、関心を持たれなかった人が、イエス様によって気づかれ、近づいて、声をかけられ、迎え入れられる場面がたくさん出てくる。
私も、同じように、いろんなことに気づいて、近づいて、たくさんの人々の笑顔に出会いたいと願う。
9人制バレーボール (A) 2009年 2月
9人制バレーボールということで(中学3年間は6人制バレーボール部に所属していた)、
始めた当初はルールやポジションの違いなどで少し戸惑ったが、今では9人制バレーボールの魅力にとりつかれている。
6人制と9人制では様々な点でルールが異なるのだが、その一つにポジションのことがある。
9人制には6人制のようなローテーションがないので、ある意味自分のポジションに専念できる。
私はどちらかというと攻撃するよりも守るのが得意なプレーヤーで、相手が打ち込むアタックやフェイントを拾い、
受け、仲間が外したボールをとことん追いかけていくのが自分の賜物だと思っている。
なのでフロントラインのポジションよりもハーフセンターやバックセンターでプレーするのを生き甲斐としていて、
これこそ「水を得た魚」のような爽快な気分でプレーができる。自分の得意だったり好きだったりする形で自らの良さを発揮しながら、
チームのプレーに貢献できるのである。
聖書の中に教会の「賜物」が体の部分にたとえられている箇所がある(Iコリント12章)。
聖書を読みながらスポーツのポジションについてあることをふと思った。チームの力が十分に発揮される時というのは、
各ポジション一人一人の良さがベストな状態で現わされている時だと思う。
与えられたポジションで各々がよりすぐれた賜物を熱心に、かつ十分に発揮できる時、
そのチームは一つの体として大きな働きを担うことができる。強くて太刀打ちできないようなチームに対しても、
一丸となって立ち向かうことができる。
「教会の体の一部分として、私に与えられている役割や賜物はなんだろう。」と、思いを巡らす今日この頃である。
強くたくましく育てる (光) 2009年1月
植物には,生きようとする生命力が強くある。そして子孫を残すために精一杯頑張っている。
例えば,キュウリは植えた後,すぐに水をあげるなど,過保護な育て方をしてしまうと,弱く貧弱な野菜になってしまう。
しかし,しばらく,ワザと水をあげないで鍛える時期を作ると,丈夫で立派なキュウリになる。
そのメカニズムをその先生は,こう話されていた。
「例えば,キュウリの苗を植えて,次の日に,水をやらないと,苗はしおれてしまったように見えます。
子どもたちは『キュウリさん,かわいそう。お水をやらないと死んじゃう!』と言いますが,その時,私はこう言います。
『キュウリさんは,今一生懸命,生きようとして頑張っているんだよ。
今,頑張らせないと強く丈夫なキュウリさんになれないんだよ。だから,今は,水をあげて甘やかしては,いけないんだよ』と言うのです。
実際,キュウリは,その日,水がもらえない事がわかると,次の日もおそらく水がもらえないことを予想して,
自分が枯れてしまわないように,根を深く深く下に張るようになるのです。
そうすると,多少の干ばつに負けない強いキュウリになるのです。
野菜等の植物は,人間以上に生きようとする生命力をフルに発揮して育っています。
そして最後には,その栄養分をすべて種に託して死んでいきます。だから種には,その野菜のすべての栄養素が凝縮しています。
今,家庭教育も学校教育も崩壊しかかっています。子どもを鍛えることが疎かになっています。
子どもだって生きる生命力をしっかり持っているわけですから,適切に鍛えて行かなければ,弱く貧弱な子どもしか育ちません。」
私は,この話を聞いていて,子どもを育てるということの大切なポイントを再確認させられたような気がした。
教育の再生は,この「厳しさを取り戻す」ことから始めなければならないのではないだろうか。
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