今月のコラム(2007年)


「ぶどう園の労働者」(M) 2007/12/24

 もうずいぶん前の話ですが、小さな聖書の学びの中で、友人が語った忘れられない言葉があります。それは、マタイよる福音書20章の「ぶどう園の労働者」の箇所でした。ここは、夜明けから働いた人と、夕方5時から働いた人とに、同じ賃金が払われるという、まったく納得いかない!そんなばかな!といいたくなるような、信じられない話に思われました。
 そこで、友人は「最後に残った人は、体が弱そうに見える人だったのかもしれないし『私を雇ってください!』とアピールできない気が小さい人だったのかもしれないわね」と、言ったのです。
 確かに、夕方、賃金が支払われる約束があり、一日汗を流して働くのと、『このまま雇ってもらえずに今日も食べ物を買うお金が得られないのだろうか・・』と不安を抱えながら過ごすのと、どちらが辛いでしょうか?私には後者のほうに思われます。
 主は、目に見える働きだけでなく心の奥底の苦しみまでも分かって下さり、 「わたしは、この最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。」 と言ってくださいます。
この友人は今、ホームレス支援団体で仕事をしています。きっと主のごとく心の中まで手を差し伸べる働きをされているだろうな、と思うと共に、彼女の仕事が最も大変になる寒さ厳しい冬、クリスマスのきれいなイルミネーションを見るにたびに彼女の働きが守られ、強められ、より多くの心のイルミネーションがともりますようにと祈らずにはいられません。



神さまのまなざし (U) 2007年 11月

思い出しては心温まる思い出がある。
子どもたちが0才、1才、3才の時、誰かが病気になるたびに、 3人を連れて、タクシーで小児科に行った。その日も、診察を終えて、タクシーに乗るために、おんぶとベビーカーで、駅まで7分の距離を歩きはじめた。運が良ければ、駅に行くまでに、タクシーが拾えるのだが、めったにできない。
その日はちょうど、道をはさんで自宅方向に向けて、空車タクシーが走ってきた。
『向こう側に渡るのは、信号待ちがあるし、気づいてもらえないだろうな。でも、あのタクシーに乗れたら随分楽なのに。』 と思いつつ、道の向こう側を過ぎ去るタクシーを目で追っていた。 突然、スピードを落とし、タクシーは、停車ランプをつけて止まった。予約のお客さまがあるのかな、と思いつつ、信号を渡り、タクシーの方を見ると、扉が開いた。 『まさか、私のために止まってくれた?合図を出さなかったのに。』 半信半疑で近づくと、「どうそ!」とひと言。 驚きとうれしさで、 「よくぞ気づいて下さいましたね!どうしてわかったのですか?」と お礼を言うと、「長年走ってますから」と。
   神さまは、このプロの仕事人以上のまなざしで、いつも私を見ていてくださる。
『人にはわからなくても、私は見ているそ』
と、きびしいまなざしでみつめられ、何度、はっと自分自身をふりかえっただろう。
『人は知らなくても私は見ているよ』
とあたたかく、やさしいまなざしでみつめられ、何度、うれしく安心し、元気が出たことだろう。
近くで遠くで、神さまのまなざしを感じながら、今日を生きる。



ピンク・グレープフルーツの思い出   (K)  2007年10月24日更新

 私は、ルビーと呼ばれる、ピンクのグレープフルーツを食べる時よく思い出すことがあります。それは9年前、手術の為に東京の大学病院に入院していた時のことです。50代だった私が一番若く、60代〜70代の年配者ばかりの6人部屋でした。夏休みのシーズンになると、若い患者がふえて、それまでは夜9時の消灯時間には静かだったデイルーム(談話室)が、ゲームに興じる若い患者たちで遅くまで騒がしくなりました。また、その頃、デイルームにある患者用の冷蔵庫に記名して入れた物がよく無くなったり、トラブルを起こしたりでひんしゅくを買っていた茶髪の女の子が入院していました。
 ある日、私たちの部屋の一人が退院となり、ベッドが一つ空き、今度どんな人が入ってくるかが大きな関心事でした。なにしろずっと寝食を共にすることになるので、ある人が「茶髪の女の子だったりして・・」と言ったとき、皆で「嫌だわー」とひとしきり話題になりました。翌日、私は検査で部屋を空けて、戻ってくると、なんとも珍しい赤みがかった金髪に染めた女の子がベッドに腰掛けていました。彼女はペコリと頭を下げ、横で優しそうな母親が丁寧に挨拶してくれました。おばさん達にとって正にニュータイプ、新人類!その子にとっては、今風に言えば「ギェー ウザイオバハンばっか!」だったはずです。
 その子は、将来美容師を目指す高校3年生で、手術にのぞむ自分を元気づける為、期間限定で染めたのだそうです。そして、"これはね、ピンクグレープフルーツカラーって言うの“と、無邪気に話してくれました。彼女は都会の子には珍しく、天真爛漫でとても素直で明るく気立ての良い子でした。おばさんたちをなごませ、たくさん元気をくれたので、私達の病室は笑いのあふれる部屋になりました。その子のお母さんにも、皆お世話になり、とくに私は創外固定で不自由だったのでずいぶん助けられました。

「人は姿、形を見る、しかし神は心を見る」 ―― 聖書 ――

 私はそれまで、見かけやバックグランドで差別や偏見を持っていないつもりでした。茶髪でも、良い子をたくさん知っていましたし、自分の子も染めたりしていましたのに、茶髪の子だったら嫌だなーと、皆と一緒に思った自分は正に偏見・差別そのものです。神様からそんな恥ずかしい自分を示され、戒められたのが、ピンクグレープフルーツカラーの物語です。
 あれから9年も経て、歳も信仰の年数も重ねているのに、未だに、単純な発想や判断で不用意な発言を時々夫や娘に注意される未成熟な人間です。


「あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です ―― 聖書 ――

聖書のみことばに照らされつつ、道をはずさないように歩みたいと願わされます。


 

イヌとネコの神学  (A)  2007年9月17日更新

 Hさんの「捨て犬リリーに想うこと」に続いて、私もイヌの話題からちょっと書いてみたいことがある。我家には今月で満一歳になるミニチュアダックス「ポッキー」という雄イヌがいる。子どもたちから「イヌを飼いたい」と強請られること7年、今年に入ってやっと念願かなって、裏のお宅から譲っていただいた子犬を飼い始めた。  ポッキーの性格を一言で言えば「天真爛漫」。家族はもちろん、お客様が大好きで、誰彼なくペロペロなめてくる。子どもたちが大好きで、遊ぶことが大好きで、まるで我家の3人娘に「弟」ができたみたいな存在なのである。そのポッキー、娘たちがけんかをしたり、親に怒られたりしているのを見聞きするとすかさずやってきて、泣いている子の顔をぺろぺろなめて慰めてくれたりするのである。また、怒っている私たち親のところにやってきては「赦してやってください!」というような懇願のまなざしで、しっぽふりふり心配そうなそぶりで語りかけてくる。人間の言葉こそ話せないのであるが、その表情やジェスチャーで精一杯の語りかけをして私たちに思いを伝えようとする。ポッキーを我家に迎え入れてからまだ一年と経っていないのであるが、愛嬌を振りまき、愛し、愛され、家族として大切な役目を果たしてくれている。  以前ある牧師が教会で「私たちの神さまに対する思い」について、本の引用からイヌとネコに例えておもしろい話をしてくださった。イヌは人間に対して「あなたが私をなで、餌を与え、小屋をくれ、愛してくれる。あなたこそ私の神です。」ネコは「あなたは私をなで、餌を与え、住むところをくれ、愛してくれる。私こそあなたの神に違いない!」(ネコ好きの方、申し訳ありません。)  私自身の神さまに対する思いはどんなであろうか。日々の糧が与えられ、健康が与えられ、多くの恵みの中で生かされているのに、それが当たり前であるかのように過ごす日々。神の家族の一員として迎え入れられた私、無条件の愛で愛されている今日、与えたれた役目を知り、その役目を忠実に果たしていきたいと思うのである。



夏雲   (S)    2007年 8月12日更新

梅雨明け10日と昔から言うが、太平洋高気圧が強くなって梅雨前線が北に押し上げられると本格的な夏が来る。
10日間は天気が安定して台風でも来なければ崩れることは滅多にない。
私はこの頃になるとハイになる。せみが精一杯の声を張り上げ、青空に真っ白い雲がわくと発病する。
昔、初めて先輩に常念岳に連れて行ってもらったとき。朝からの苦しい登りを終えると夕空の下、白い雪渓を抱いた槍、穂高連峰が目の前に一気に広がった。「神々の座」と言う言葉がよぎる。神聖な世界に足を踏み入れた感じに打たれ、それからしばらく槍・穂高に恋するように取り付かれた。と言っても年に一度の山行であるが。
結婚後は山から遠ざかっているがこの季節は足がむずむずする。昔の同僚の中には100名山制覇やら、相変わらず3000メートル級を登り続けている豪のものもいる。
 何故山に登るのか、そこにあるからと言うのは答えになっていない。 山岳信仰も日本だけのものではない。多くの民族は高い山に神が住むと考えた。
山だけではない。入道雲が重なり合った隙間から、ずっとずっと高いところに真っ白い雲の峰を覗いたとき、心が高鳴る。
この構図はヨーロッパの大聖堂の天井画に良くあるが、なぜこんなに心が引かれるのだろうか。 人が神によって創造されたものだから、人は高いところにある高貴なものを求めてやまないのではないだろうか。私を作られた神の手のあと、絵筆のタッチ。それが遺伝子の中に深く組み込まれている。
最近は、はやる心に脚力が追いつかないので、テレビの山岳紀行番組を見て気を紛らせている。 (写真は八方尾根)-



捨て犬リリーに想うこと  (H) 更新日: 2007年7月6日(金)

捨て犬を飼い始めてから4年半が過ぎた。貧相な痩せ犬で、いろいろ病気もしたが、良い獣医さんに巡り会えたおかげで元気になり、今は毛もフサフサの見違えるような「美犬」である。(と言われる。)車好きで時々車を買い換える知人が、「あれっ、犬換えた?」と聞いてきたほどだ。(「犬はそうそう換えたりするもんじゃありません!」)  散歩で会う方々に事情をお話しすると、「飼い主の愛が伝わるんだねえ。」などといわれ、「そんな、何も特別な事はやってないですよ。」と気恥ずかしくなることがある。室内には入れず外に繋いでいるし、餌も美味しい缶詰などではなくドライフードで、カワイイお洋服を着せてやることもない。してやっている事と言えば、朝晩のお散歩に餌やり、時々のブラッシングに3,4ヶ月に1回のシャンプー、フィラリア予防の薬を毎月飲ませる事と予防接種を受けさせる事くらい。あとは目があうたびに名前を呼び、事あるごとに話しかけてはいる。しかしそういった事すら、動機はおそらくかなり身勝手で自己満足的なものだろう。神の愛(=見返りを求めず、自己犠牲をも厭わない深い愛)を知らされている一クリスチャンとしては、このようないい加減な愛し方を「愛」と呼ぶ事には抵抗を感じるのだ。  しかし、ある時ふと、この犬の姿に自分自身を重ねてみた。犬は、ご飯をもらっても散歩に連れて行ってもらっても、「ありがとう」なんて言わない。(しっぽを思い切り振って、「うれしい!」の意思表示はするが。)大体、「感謝」という言葉すら知らないだろう。また、何度叱っても「拾い食い」と「好き勝手な方向へぐいっと引っ張る癖」は治らない。それでも、飼い主の世話と注意のおかげで健康が保たれ、危険から守られ、そして心も満たされている。(と思う。ある程度は。)この私もかつては捨て犬のように彷徨っていたが、神さまに拾われ、養われ、平安を与えられるようになった。すぐに感謝を忘れ、自分勝手な方向に進もうとしては失敗する愚か者だが、神様はこんな私をも決して見捨てることなく、導いて下さっている。  今日も、お尻をふりふり無邪気に歩く愛犬の姿を眺めつつ、天の父の優しい眼差しに思いを馳せている。そして、瞬きもせずにじっと私を見上げる瞳に、「私もこうありたい。」と願わされるのである。


ささげる  2007年 6月 5日 (火)  (U) 

多くの教会では、礼拝の中に献金の時間があります。  当番の方が、かごを持って回ったり、前から順にかごが回ってきたりして、会衆は献金をささげます。  王子台チャペルでは、礼拝の前後に、会堂に備えてある献金箱に個々で自由に献げ、礼拝の中では感謝の賛美と祈りをささげます。 この形式に私は最初とまどいを感じましたが、今では新たな気づき、感謝へと変わりました。 かごを持って受身でささげる事から、自分で覚えて主体的に、ささげる気持ちになりました。 礼拝の中でささげていた時は、ややもすれば、礼拝の感謝、と言う気持ちになっていましたが(時には、メッセージに対する感謝)、もっと広く日々の、そしてもっと狭く、小さな日常への感謝へと広がりました。  神様は私たち一人ひとりに、ユニークでよいものを下さいました。それらをうんと用いて、神さまと人々におささげしていきたいものです。


出会い  2007年4月17日(火) (A)

春は出会いの季節、まわりを見ると新しい出会いの機会があふれている。 職場で、学校で、旅先で、街の中で、今年はどんな出会いがあるのだろうか。 21年前の春、高校卒業と同時にアメリカ留学という旅に出た私であるが、留学先の小さな田舎町でその後の人生が大きく変えられる「出会い」に導かれた。 イエス・キリストとの出会いである。
 聖書にはイエス・キリストと出会った人々の話が実にたくさん書かれている。学者、医者、宗教的指導者、漁師、収税人、遊女、裕福な人、貧しい人、病気の人、子どもたち、イエスの暗殺をもくろんでいた人たち。イエス・キリストとの出会いを通して一人ひとりの人生が変えられた。それから2000年以上たった今日でも、世界中で、イエス・キリストとの出会いによって人生が変えられている人たちがいる。
 「ほっ」とできる王子台チャペルに家族でおじゃまするようになってから半年になる。 「異世代交流の大切さ」があちこちでうたわれる今日であるが、チャペルでは様々な世代の方々との出会い、交わりがある。礼拝後の会堂で遊んでいる子供たちの無邪気な姿を微笑みながら見守ってくれるおじいちゃん、おばあちゃんがいる。得意な楽器でワーシップタイムをリードしてくれる若者たちがいる。食事の交わりのために台所で働いているお母さんたちがいる。イエス・キリストと聖書について、時には優しく、時には力強く語ってくれる牧師、長老達がいる。イエスと出会った人たち、イエスにゆるされ、愛され、変えられている人たち、そんな人たちとの出会いがある。
 "But I still haven't found what I'm looking for."
 U2 というアイルランドのグループの歌であるが、私がイエス・キリストに出会い、それからしばらくしてその節を聞いた時、なぜか晴れやかで、嬉しい気持ちになったのを覚えている。「私は出会うべきお方にお会いでき、その方に日々導かれて過ごすことができている。」何ともいえない安堵感である。何を探していたのか? 誰と出会いたかったのか? 留学先でまず足を運んだのが「教会」であったのも、よく考えてみると不思議なことであった。  ほっとできる人たちと出会い、そんな人たちに囲まれる中でイエス・キリストと出会った私、この春はどんな新しい出会いが待っているのだろう。