「礼拝に来ていても、心は神様にまったく向こうとしない。」と考える自分がいる。
でも、仕方なく、皆に引っ張られて、「主よ 感謝します♪ すべての恵みを 心から♪」と歌う自分がいる。
まるで、スポーツ観戦をしていても試合に関心がわかないのに、応援団のただ中に座ってしまった、というような時がある。
そういう時は、僕は、とにかく皆の声に合わせて歌おう、聖書を読もう、祈ろう、と決めている。
礼拝においての賛美や祈りというのは、その場に集った自分の気持ちを完全に反映しているためにささげているのではなく、
むしろ、神や人に心が向かない自分、感謝の心が足りない自分、そういった自分を少しずつ変えるためにあるのだと思っているからである。
僕は、「いとも良きものを 君に捧げよ 熱き汝が心 若きちからを」と心から思っているので歌えるのではない。
むしろ、毎週毎週、皆と声を合わせて歌い続けることによって、少しずつではあるかも知れないが、そうできる者でありたいと願うのである。
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